日本100名城(68)
松山城(まつやまじょう)は岡山県高梁市内山下にあった連郭式山城である。別名、高梁城(たかはしじょう)。四国の愛媛県松山市にある松山城を初め、各地の松山城との混同を避けるために、一般的には「備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)」と呼ぶ。城跡が国の史跡、江戸時代に建造された天守や二重櫓、土塀の一部などが重要文化財に指定されている。そのほかに石垣、復元された櫓、門、土塀が現存する。日本三大山城の一つとされる。御根小屋の跡地には岡山県高梁高等学校がある。標高430メートルの臥牛山(がぎゅうざん、がぎゅうさん)山頂にある。臥牛山(松山)は,北から「大松山」「天神の丸」「小松山」「前山」の四つの峰からなり、小松山に本丸・二の丸・三の丸が階段状に配され、大松山、天神の丸、前山にも遺構がある。海抜約430mの臥牛山小松山山頂の本丸へは、麓の御根小屋から約1,500m、1時間ほどの道のりの山道を経て至る。天守の現存する山城としては随一の高さを誇ります。江戸期の備中松山藩時代は山城で不便なため、山麓に御根小屋という御殿を構え、そこで藩主の起居・藩の政務を行った。