2019-05-01 日本100名城(87) 名護屋城(なごやじょう)は、肥前国松浦郡名護屋(現在の佐賀県唐津市(旧東松浦郡鎮西町・呼子町)、東松浦郡玄海町)にあった。太閤豊臣秀吉が文禄の役を始める前に波戸岬の丘陵(標高約90メートルほど)を中心に170,000平方メートルにわたり築かれた平山城の陣城である。五重天守や御殿が建てられ、周囲約3キロメートル内に120ヵ所ほどの陣屋がおかれた。 城の周囲には城下町が築かれ、最盛期には人口10万人を超えるほど繁栄した。歴史上人為的に破却された城跡であり、破却箇所の状況が復元保存されている。現在、国の特別史跡に指定されている。 肥前名護屋城縄張り図 名護屋城のステレオ空中写真(1977年)国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成 浅野文庫所蔵 諸国古城之図 肥前名護屋城図屏風 名護屋城天守跡 名護屋城天守跡 名護屋城本丸跡 名護屋城馬場跡 『西肥名古屋城豊太閤陣営図』